2月 092011
 

DEC PDP-11 Computer / Pargon

Digital Equipment Corporation(DEC)の共同創立者であるKen Olsen氏が米国時間2月6日、84歳で死去しました。DECは1960年代から1980年代にかけて、「PDP」や「VAX」シリーズコンピュータによってミニコンピュータの時代をリードし、Data GeneralやWangとともにボストンのルート128の重要な部分を担っていました。

優れたOSの「VMS」や人工知能(AI)、LAN(イーサネット)規格など、現在のパソコンハードウェアとOS、ネットワーク時代の基礎を築いた企業でした。
Ken Olsen氏のご冥福をお祈り致します。


full moon over Maynard Mill / Muffet

DECは、1957年(昭和32年)創業、マサチューセッツ州メイナードの紡績工場の片隅でモジュールメーカーとしてスタート。ベンチャー企業の世界第一号でしょう。Ken Olsen 氏がDECを率いていたのは、コンピュータが進化を遂げ、IBMなどが製造していた部屋一つ分ほどの大きさがある高額のメインフレームから、ミニコンピュータに移行した時代でした。1990年のDEC訪問時には、レンガ造りの工場すべての従業員が社長を「Ken(ケン)」と呼んでいることが印象的でした(^^)

3月 122010
 

RCA製 カセットCMバンク

いつも読むのが楽しいBlog「My Life in MIT Sloan」に「日本企業の苦しみを25年前から味わっていたアメリカ企業」というエントリがあり、興味深く読みました。アメリカの大企業としてRCA、モトローラ、コダックが取り上げられています。

写真はRCA製のカセットVTRによるCM送出機です。1990年に訪問したアメリカのTV局にあったものですが、担当技術者の方も、放送用VTRとしてSONYの「デジタルベータカムVTR」を絶賛していました(^^)

下の写真は、イノベーションのジレンマ(クリステンセン著)に取上げられていたDEC(Digital Equipment Corporation)のVAX6000シリーズ。

DEC VAX6000

DECはネットワーキングとミニコンピュータを武器に1985〜90年くらいに全盛期を迎え、「超優良企業DEC」と呼ばれていました。

いつの時代も「イノベーション」を怠ると、凋落して行くのは法則ですね(^^)米国の場合は人材の流動性が確保されているので、セーフティネットとして働くところがいいですね(^^)

企業内でイノベーションができないのであれば、M&Aや新しい組織/企業やベンチャー企業でやって行く道もありますが、国家レベルや産業レベルでしか対処できない「イノベーション」は、中小企業や国民は逃げようがない。(個人は海外に逃げるしか・・・)

日本は、失われた10年(20年)と言われながら閉塞感だけが増大しています。特に、政治・経済・法律・経営・金融関連は「イノベーションを恐れている(既得権を失う)」感さえあります。

11月 192009
 

1990 Harvad Square

1990年に当時全盛だったDigital Equipment Corporation(DEC)を訪問しましたが、DECが凋落した原因については、書籍「イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき(Clayton Christensen著)」が詳しく述べています。

DECが凋落する破壊的イノベーションが起きて、マイクロプロセッサの時代になり、AppleやMicroSoftが台頭してインタネットの時代へ・・次の破壊的イノベーションとは・・

ボストンを拠点としたDECの栄光と足跡は、少しも色あせていないのです。

1990 MIT Media Lab

ボストンの街を魅力的と感じるのは、先端科学や研究施設だけではなく、歴史や芸術に支えられた向上心「知の集合」が感じられるからだと思います。

日本の場合、破壊的イノベーションが、経済秩序や組織的発展を乱し、既得権を侵害する悪者とすら見られるところがあります。
企業内で、産業内で、大学内で、地域内で、**協議会などなど・・・・・

組織内で遂行されている持続的イノベーションは、破壊的イノベーションを阻害していないでしょうか?

Google image swirl (boston) Google Labs