Innovation and Boston

1990 Harvad Square

1990年に当時全盛だったDigital Equipment Corporation(DEC)を訪問しました。
IBMに次ぐ世界第2位の売上、利益率では世界第1位の超優良企業と言われていました。その DECが凋落した原因については、書籍「イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき(Clayton Christensen著)」が詳しく述べています。

ミニコンの DEC が凋落する破壊的イノベーションが起きて、マイクロプロセッサの時代になります。

パソコン時代はMicroSoftやIntel、Appleが台頭し、そしてインタネットの時代へ・・・。そして次の破壊的イノベーションとは・・・

しかし、DECが残した優れたOSやAI(人工知能)、ネットワーク技術など、ボストンを拠点としたDECの栄光と足跡は、少しも色あせていないのです。

1990 MIT Media Lab

ボストンの街を魅力的と感じるのは、先端科学や研究施設だけではなく、歴史や芸術に支えられた向上心「知の集合」が感じられるからだと思います。

日本の場合は、破壊的イノベーションが、経済秩序や組織的発展を乱し、既得権を侵害する悪者とすら見られるところがあります。
企業内で、産業内で、大学内で、地域内で、業界団体や、**協議会などなど・・・・・

組織内で遂行されている持続的イノベーションは、破壊的イノベーションを軽視したり阻害していないでしょうか?

MIT Media Lab(メディア・ラボ)

FH030012
Massachusetts Institute of Technology (MIT)

海外研修の最大の目的が、1985年に設立されたMITメディアラボ(Media Lab)でした。

当時、日本でも本や雑誌で紹介され、主に表現とコミュニケーションに利用されるデジタル技術の教育、研究を専門としていました。

多くの研究グループは、芸術から工学まで広い分野を融合したもので、玩具や楽器、人工知能、CG、映画、ホログラフィー、放送、新聞、出版など多様な面白い研究をしていました。

FH030009
MIT Media Lab

「未来のメディア」も研究しています。すべての研究プロジェクトは、先ず「見えるデモ」を創り出していました。

研究スタイルもユニークで、従来の秘密主義を廃したオープン性は、メディア・ラボそのものが未来のメディアと言えたでしょう。

有名な言葉があります。「デモか死か」とは、デモとして試作(公開)できない研究は、死(中止)を宣告されるというものです。

日本から来ていた閉鎖的なメーカーの研究員は戸惑ったようです。

<メディアラボの思想>

創造力は、異なる学問分野や背景や文化や出来事が、予期しない形で組み合わされることによって増幅されるのである。芸術的な考えが工学上のデッドロックを突破することもあれば、少年の無邪気さが年をとった人間のアイデアの引金を引くこともある。