日本映画とハリウッド映画

Marilyn_Monroe_Niagara
ナイアガラ(1953年)の一場面:Marilyn Monroe / Wipipedia

2010年映画の祭典、日本と米国のアカデミー賞が決定しました。日本は1978年の第1回から今年は33回、米国は1929年から数えて今年で第82回アカデミー賞となりました。
日本と米国で、どうして50年近くも「映画の祭典」の歴史が違うのでしょうか?

「七人の侍」は、1954年に公開された黒澤明監督の日本映画。シナリオやアクションシーン、時代考証などの点を含め、世界的に高く評価され、「スター・ウォーズ」のジョージ・ルーカスや、スピルバーグ監督に影響を与えています。西部劇「荒野の七人」はリメイク版として有名です。

「東京物語」は、小津安二郎監督、笠智衆主演の1953年制作・公開の日本映画。「日本映画の最高傑作」とも評され、各国で選定される世界映画ベストテンでも上位に入る常連作品の一つです(^^)

チャップリン映画の集大成「ライムライト」が1952年の公開です。当時の日本映画は、製作面では決して米国ハリウッドに遅れていた訳ではないのですね(^^)

米国は「映画」を重点産業として発展させる「ビジネスモデル」と、「コンテンツ政策」「イノベーション」を実行してきた結果だと思います。

日本のコンテンツ産業は、世界的に大きく遅れた業界体質(ガラパゴス)になってしまったと思います。オープンとグローバルを基本として大胆に!

日本と韓国の成長戦略

1990, Times Square
One Times Square / Alex Castellá

1990年のNewYork「タイムズスクエア」です。一等地に日本のミノルタ(カメラ・コピー機など)の広告、日本メーカーの勢いを感じます。

右の写真は2006年、韓国サムスン電子の広告があります。ニューヨークのど真ん中で、米国市場に売り込み攻勢をかけています。年月の変遷が伺えます。

韓国産業界やスポーツ界などの勢い、韓国の近年の躍進には目を見張ります。

韓国の世界(グローバル)を見据えた産業政策があります。映画の振興、CGコンテンツやIT、携帯、テレビ、自動車など全てが外向きになっています。かって、日本が目指した産業政策でした。違いは日本の場合、自動車、電機など製造業に極端に偏っていたことです。

日本はいま一度、成長戦略とイノベーション戦略をゼロから再構築すべきです。