社会資本としての知識

The Philadelphia Museum of Art

アメリカに来て思うことは、図書館、博物館と美術館、科学館などの充実です。過去に世界中から金にまかせて収集したとも言われていますが、では何故収集したのでしょうか?

また、世界のどの国より早く様々な文献や絵画などを、電子データとしてデータベース化を進めていました。
では何故データを収集・蓄積したのでしょうか?

どちらも当初は、膨大な人手と時間をかけて、経済的に見合うはずもありません。国家としての展望と戦略が必要です。

The Rodin Museum, Philadelphia

電気水道や道路/交通などのハード的インフラと同様、あるいはそれ以上に経済発展の基盤とすべく、知識や文化の蓄積とアクセス権の保証(表現の自由と情報公開)をソフト的インフラと考えたのだと思います。

この「社会資本としての知識」から新しい価値や知識が創造され、さらに蓄積されるというサイクルが生まれます。

オハイオ州のコロンバスには、1907年から化学関連論文や文献の収集を始め、当時世界最大と言われた化学・科学研究の有名なデータベース CAS(Chemical Abstracts Service)/CAS登録番号 がありました。
新素材の開発、新物質の発見や新薬の発明などには不可欠のデータベースです。

オンライン百科事典、これは便利ですね(^^)

Innovation and Boston

1990 Harvad Square

1990年に当時全盛だったDigital Equipment Corporation(DEC)を訪問しました。
IBMに次ぐ世界第2位の売上、利益率では世界第1位の超優良企業と言われていました。その DECが凋落した原因については、書籍「イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき(Clayton Christensen著)」が詳しく述べています。

ミニコンの DEC が凋落する破壊的イノベーションが起きて、マイクロプロセッサの時代になります。

パソコン時代はMicroSoftやIntel、Appleが台頭し、そしてインタネットの時代へ・・・。そして次の破壊的イノベーションとは・・・

しかし、DECが残した優れたOSやAI(人工知能)、ネットワーク技術など、ボストンを拠点としたDECの栄光と足跡は、少しも色あせていないのです。

1990 MIT Media Lab

ボストンの街を魅力的と感じるのは、先端科学や研究施設だけではなく、歴史や芸術に支えられた向上心「知の集合」が感じられるからだと思います。

日本の場合は、破壊的イノベーションが、経済秩序や組織的発展を乱し、既得権を侵害する悪者とすら見られるところがあります。
企業内で、産業内で、大学内で、地域内で、業界団体や、**協議会などなど・・・・・

組織内で遂行されている持続的イノベーションは、破壊的イノベーションを軽視したり阻害していないでしょうか?