8世紀最初の10年間に建設され、教会や博物館が数多く残っているデンマーク最古の街とも言われるリーベ(Ribe)にある「魔女狩り博物館」が人気となっています。16~17世紀にデンマークと欧州全域に吹き荒れた魔女に対する恐れが、迫害の嵐にどのようにしてつながったかを明らかにしています。また、オランダの魔女計量所も人気です。
- 「魔女狩り」を現代に伝える博物館、デンマークで人気(11/14 AFPBB News)
- 魔女狩り博物館(Hex! Museum of Witch Hunt)(公式サイト)
博物館の歴史学者ルイーセ・ハウベア・リンゴー(Louise Hauberg Lindgaard)氏は、欧州全体で約10万人が魔女裁判にかけられ、5万人もが火あぶりにされたと言います。その大半は、悪魔と共謀していると見なされた女性だったと語ります。
デンマーク国内で魔術に対する反感が高まったのは、国王クリスチャン4世が、魔術の行使を禁じるデンマーク初の法律を1617年に制定、黒魔術師たちがはりつけになりました。法律制定後の8年間に迫害が横行し、5日に1人の「魔女」が火あぶりにされました。
欧州で最も盛んに魔女狩りが行われたドイツでは、1万6,500回に上る裁判が実施され、その4割以上で告発された者が火あぶりの刑に処せられています。
ハウベア・リンゴー氏は「一般の人々が持つイメージによって、魔女狩りの歴史的真実はあやふやになり、新たな解釈が加えられているため、人々が実際に起きたことを知りたいとここを訪れている。」と述べています。大半の「魔女」は女性でしたが、最大で4人に1人は男性だった、と同氏は指摘しています。
毎年、世界中から何千もの人々がオランダのアウデワーター(Oudewater)にある魔女計量所(Museum de Heksenwaag)を訪れます。中世時代の魔女狩りでは、魔女は空を飛ぶために体重が極端に軽いと考えられており、体重を計って軽ければ魔女とされていました。
この「魔女の秤」は、魔女裁判のために体重を計るための物ですが、1482年に作られてから1729年に最後の判定が行われるまで魔女と認定された人物は一人もいません。この秤で判定された証明書は神聖ローマ帝国全土で有効とされたため、証明書を求めて遠くから来た人も多かったと伝えられています。
魔女計量所を訪れて、1482年から残っているオリジナルの樫の木の秤で体重を計ってみましょう。判定に合格すると、当時と同じように、魔女ではないという証明書を発行してもらえます(^^) 魔女計量所は4月1日から11月1日までオープンしています。
- アウデワーターの魔女計量所(オランダ旅行のオフィシャルガイド)