この海外研修の最大の目的が、1985年に設立されたMITメディアラボ(Media Lab)でした。
当時、日本でも本や雑誌で紹介され、主に表現とコミュニケーションに利用されるデジタル技術の教育、研究を専門としていました。
多くの研究グループは、芸術から工学まで広い分野を融合したもので、玩具や楽器、人工知能、CG、映画、ホログラフィー、放送、新聞、出版など多様な面白い研究をしていました。
「未来のメディア」も研究しています。すべての研究プロジェクトは、先ず「見えるデモ」を創り出していました。
研究スタイルもユニークで、従来の秘密主義を廃したオープン性は、メディア・ラボそのものが未来のメディアと言えたでしょう。
有名な言葉があります。「デモか死か」という言葉です。デモとして試作(公開)できない研究は、死(中止)を宣告されるというものです。
日本から来ていた閉鎖的だったメーカーの研究員の人たちは戸惑ったようです。
< メディア・ラボの思想 >
創造力は、異なる学問分野や背景や文化や出来事が、予期しない形で組み合わされることによって増幅されるのである。芸術的な考えが工学上のデッドロックを突破することもあれば、少年の無邪気さが年をとった人間のアイデアの引金を引くこともある。