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Hokkaido University

北大「創基150周年」と「北大とアイヌの関係・歴史」を再検証

北海道大学(北大)は2026年8月14日に「創基150周年」を迎えます。北海道大学新聞編集部は、「北大札幌キャンパスが先住民アイヌのコタンを排除し形成され、北大は墓地からアイヌの遺骨を”収集”する植民地主義的な研究を続けてきた」。これらの事実と向き合い、北大「創基150周年」と「北大とアイヌの関係・歴史」を再検証している必読の記事を掲載しています。

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北海道大学古河記念講堂 / Wikipedia

北大とアイヌとの関係において、
1.Part1:排除されたアイヌ・コタンをはじめ、北海道の帝国主義的な開拓政策と北大が密接な関係にあること(近代)
2.Part2:学問の名の下に差別的な研究教育活動が行われ、それが正当化されてきたこと(近代・現代)
3.Part3:活動に問題があると判明した後に、大学として率先した倫理的な対応がとられなかったこと(現代)
これらの3つの観点から再検証しています。

小田博志教授(文学研究院)は自身が開設するサイト「脱植民地化のためのポータル」の中で、札幌における開拓使の政策とアイヌの関係について資料をもとに詳細にまとめています。アイヌたちは、開拓使によってその生活基盤を奪われ、追放の運命をたどっています。必見の内容となっています。

Hokkaido University Ainu Cages
北海道大学アイヌ納骨堂 / Wikipedia

北海道大学病院のすぐそば、その建物は道路わきにひっそりとたたずむ「北大アイヌ納骨堂」です。北大のキャンパスマップにこの建物は掲載されていません。1931年(昭和6年)北海道帝国大学医学部解剖学第一講座の山崎春雄元教授は人類学研究のため、アイヌ遺骨の収集を開始しました。当時、本土の日本人とは違うルーツを持つとされるアイヌを、民族学的、生物学的に調べることは「社会的責務」だったとしています。

1936年10月、北海道帝国大学農学部を大本営とする陸軍大演習の後、医学部で山崎、児玉両教授は昭和天皇に対して、「『アイヌ』ノ生体写真」と「『アイヌ』ノ頭蓋骨」を天覧しています。

1980年11月、アイヌの海馬沢博氏が総長に対して、収集された遺骨の遺族への返還などを求める書簡を提出。遺族の請求を受け、医学部は収蔵状況について調査を行ったが、「貴重な学術的資料」として返還を拒絶しています。遺骨の扱いについての反発から、1984年に「北大アイヌ納骨堂」を建立し、その後は遺骨返還を行っています。ただ、全般的な対応は決して誠実なものとは言えませんでした。

1995年(平成7年)7月26日、北海道大学構内の古河記念講堂旧標本庫において、段ボール箱に納められた6つの頭骨が発見された北大人骨事件が起きます。

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開拓使(1873-1879年の庁舎 – 北海道開拓の村)/ Wikipedia

2005年12月の北海道大学シンポジウム「先住民族と大学」における講演において、中村睦男総長(当時)はアイヌ文化振興法(アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律)の制定に、多くの北大の教員が専門家として尽力したことに触れています。さらに、前述の医学部の遺骨収蔵や文学部が管理していた古河講堂での人骨発見事件をあげ、「北海道大学は、「民族の尊厳」に対する適切な配慮を欠いていたことを真摯に反省する」とし、「これらの経験を深く記憶に刻み、その上で今後の進むべき方向を検討し、自らの責務を果たしてまいりたい」と述べています

北海道大学アイヌ・先住民研究センター」はこの宣言に基づき、2007年4月に設置された研究機関です。アイヌ民族や各国の先住民族に関する研究に特化した国内唯一の研究拠点として、多様性社会への寄与を目標としています。

最後に「北大が本来的な意味で多様性と包括性に立脚した大学になるため、これまでの「暗部」こそ”enlight”するときが来ている」としています。

Hokkaido University
Hokkaido Univ./北大農学部 / Wikipedia

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