アイヌ語研究の第一人者である故・萱野茂氏(1975年第23回菊池寛賞受賞)が残した知られざる名著「カムイユカラと昔話」(1988年刊・小学館)から、昔話(ウウェペケレ)を初めて抄録・文庫化しました。本書には祖母や村のフチ(おばあさん)から聞き集めたアイヌと神々の38の物語が、読みやすく情感豊かな文章で綴られています。発刊後増刷が相次ぎ、同ジャンルで異例の話題書になっています。
- アイヌと神々の物語、アイヌと神々の謡(連載:山と渓谷社)
冒頭解説の「アイヌと神々の世界」では、著者の子どもの頃の記憶から当時のアイヌの生活をうかがい知ることができ、ウウェペケレやカムイユカラといったアイヌの口承文芸についても分かりやすく解説されています。また、38の話の全てに解説が添えられ、アイヌの文化や習慣などを知る意味でも面白く貴重な一冊になっています。
萱野茂氏は、二風谷アイヌ資料館を創設して館長を務めていましたが、1994年から1998年までアイヌ初の国会議員(参議院議員)として通称アイヌ文化振興法、アイヌ文化法、アイヌ新法の成立に尽力しています。
アイヌ新法を成立に導いた萱野茂さんが亡くなり2カ月。その後アイヌの人や文化を取り巻く環境に変化はあるのでしょうか。萱野さんが遺したものを追いました。 2006.7.14 放送(HTB制作)
萱野茂氏は、「日本にも大和民族以外の民族がいることを知って欲しい」という理由で、委員会において史上初のアイヌ語による質問を行っています。
第131回国会 参議院 内閣委員会 第7号 平成6年11月24日
No.46 発言者 萱野茂(p7)
<以下は抜粋、原文のままです。>
エエパキタ カニアナッネ アイヌモシリ、シシリムカ ニプタニコタン コアパマカ 萱野茂、 クネルウェネ ウッチケクニプ ラカサッペ クネプネクス テエタクルネノ、 アイヌイタッ クイェエニタンペ ソモネコロカ、タナントアナッネ シサムモシルン ニシパウタラカッケマクタラ アンウシケタ アイヌイタッエネアンペネヒ エネアイェプネヒ チコイコカヌ クキルスイクス アイヌイタッ イタッピリカプ ケゥドカンケワ、 クイェハウェネ ポンノネクス チコイコカヌワ ウンコレヤン。・・・
私は、アイヌの国、北海道沙流川のほとり、二風谷に生をうけた萱野茂というアイヌです。意気地のない者、至らない者、私なので、昔のアイヌのようにアイヌの言葉を上手には言えないけれども、きょうのこの日は、日本の国の国会議員の諸先生方がおられるところに、アイヌ語というものはどのようなものか、どのような言い方をするものかお聞き願いたいと私は考え、アイヌ語を私はここで言わせていただいたのであります。・・・
ずっと昔、アイヌ民族の静かな大地、北海道にアイヌ民族だけが暮らしていた時代、アイヌの昔話と全く同じに、シカであってもシャケであってもたくさんいたので、何を食べたいとも何を欲しいとも思うことなく、アイヌ民族だけで暮らしておったのだが、そのところへ和人という違う民族が雪なだれのように移住してきたのであります。大勢の日本人が来てからというもの、シカをとるな、シャケもとるな、木も切るなと一方的に法律なるものを押しつけられ、それからというもの、食べ物もなく薪もなく、アイヌ民族たちは飢え死にする者は飢え死にをして次から次と死んでいったのであります。
生きていたアイヌたちもアイヌ語を使うことを日本人によって禁じられ、アイヌ語で話をすることができなくなってしまいそうになった。言っていいもの、使っていいもの、アイヌ語であったけれども、今現在は、かすみのように、にじのように消えうせるかと私は思っていたが、今現在の若いアイヌが自分の先祖を、自分の文化を見直す機運が盛り上がってきて、アイヌ語やアイヌの風習、それらのことを捜し求めて、次から次ではあるけれども、覚えようと努力しているのであります。・・・
No.070 発言者 萱野茂(p11) までです。pdfとtextでダウンロードできます。