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2022年ロシアのウクライナ侵攻と中世に遡る宇露関係

2022年ロシアのウクライナ侵攻は、2022年2月24日に開始したロシアによるウクライナへの全面侵攻です。攻撃は、ウクライナ国境周辺への長期にわたる軍事力の増強、ロシアによるドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の国家承認、続いて2022年2月21日にウクライナ東部のドンバスへのロシア軍の派遣後に始まりました。ウラジミール・プーチン大統領が「ウクライナの非軍事化」や「ウクライナの非ナチ化」を目的とした軍事作戦を発表した演説の後、首都キエフの近くを含むウクライナ各地で砲撃や空襲が始まっています。ウクライナ難民に対する人道支援が急務になっています。

2022年ロシアのウクライナへの侵攻 / Wikipedia

2022年2月21日、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の同意を受けて、プーチン大統領はロシア軍(戦車等を含む)をドンバスに派遣するよう命じています。ロシア側はこの行動を「平和維持ミッション」と呼んでいます。

モスクワ時間24日午前4時頃、プーチン大統領はウクライナ東部で軍事作戦を開始することを発表しました。演説の中で、ウクライナの領土を占領する計画はないとし、ウクライナ国民の民族自決の権利を支持したと述べています。その発表から数分以内に、キエフ、ハリコフ、オデッサ、ドンバスで爆発が報告されています。

ウクライナとロシアの関係は、中世に遡ります。9世紀にはウクライナの地を中心としたキエフ大公国(ルーシ)という国家が存在しました。12世紀にその国家の北東部は分離し、モンゴル帝国の来襲後にロシアの原型であるモスクワ大公国ロシア・ツァーリ国)となっています。

1991年にソ連が崩壊し、8月24日にウクライナはソ連から独立を宣言した。12月5日にロシアはウクライナの独立を承認します。独立したウクライナとロシア連邦の関係は良好とはいえず、緊張状態が現在まで続いています。

2010年4月21日に親露派のヴィクトル・ヤヌコーヴィチ氏がウクライナ大統領となり、ハルキウ合意(条約)によってロシアとの関係の正常化をはかったが、ガスをめぐる問題は未解決のままです。

2010年のハルキウ条約 / Wikipedia

この先、市民に対する人道的影響は壊滅的なものになるでしょう。戦争に勝者などいません。しかし、数えきれないほどの命が切り裂かれていくのです。すでに犠牲者が出ており、安全を求めて避難を始める人々が出ているという報告を確認しています。国際人道法に則り、いかなる時も、市民の命、市民のインフラは守られ、保護されるべきです。(UNHCR)

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