ティナ・ラッツさんとミューズのティナ・チャウ(Tina Chow)さん

ティナ・チャウ(Tina Chow,1950年4月 – 1992年1月)さんは、日本と米国のファッションモデルです。2歳年上の姉のバニー・ラッツ(Bonnie Lutz)と共に上智大学へ在籍、その整った美貌で姉のバニーと共に「ティナ・ラッツ」の本名で資生堂の広告塔としてポスターやテレビCMに起用されました。70年代のロンドンや80年代のニューヨークでは、アンディ・ウォーホルジャン=ミシェル・バスキアキース・ヘリングなど、時代の申し子のようなアーティストたちのミューズとなり、エイズ合併症により41歳で亡くなります。エイズであることを自ら発表した最初の著名な女性です。

1950年、オハイオ州のレイクヴューに生まれ、父親はドイツ系米国人で、母親は日本人です。両親は父親が米軍として日本に駐在していた時に出会っています。

1980年代後半にエイズの宣告を受け、当時は治療するための薬がなかったため、病はそのまま進行し、1992年に帰らぬ人となりました。晩年は、自身の他にもエイズに苦しむ患者を支えるためにホスピスを開設したり、エンジェルフードという支援プロジェクトにボランティア参加したりと、エイズに対する啓もう活動に積極的に参加していました。

素敵なバニー・ラッツさんのCM(1969年)<資生堂 PINK POW-WOW 口紅>

1972年(22歳)に高級中華レストラン「Mr.Chow」の経営者、デザイナー、俳優のマイケル・チャウ(Michael Chow)氏と結婚しますが、二人の出会いはマイケルが来日している時に、映画監督の伊丹十三さんの紹介によるものです。

婦人生活社『婦人生活』2月号(1966)より伊丹十三。/ Wikipedia

結婚後は「ティナ・チャウ」としてジュエリーデザイナーとしての才能も発揮しました。彼女によるジュエリーは、ニューヨークやロサンゼルス、シカゴなどの都市で個展も開かれています。夫マイケルのレストランの常連客でもあったアンディ・ウォーホルやキース・ヘリングなど、アーティストたちとの交友を結び、ミューズとして彼らの手掛けた作品にも登場しました。

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