名ヶ山を創る

空家になった農家(昭和50年頃)

十日町市名ヶ山、一年の半分を深い雪に閉ざされ、どか雪の時は2階の窓から出入りしたと聞きました(^^)

平地が少なく狭い棚田、蕎麦、野菜など何でも作っていました。とうぜん男達は出稼ぎをして一家の暮らしを支えていました。
夏の夜は、繭をつくる蚕の幼虫が一斉に桑の葉を食べる音で、家の中は寝れないほどうるさいと言います。

若い人は都会に出て行き、厳しい環境と跡取りがいないことで空家が増えます。日本の昭和50年頃は高度成長時代の真最中でした。

今は環境保護や自然との共生、地域の豊かさや幸せ、文化などを地域と恊働で「創造する時代」に入っています(^^)

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