生涯を通して国際貢献に献身した緒方貞子氏

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女性初の国連難民高等弁務官を務め、UNHCRを1991年から2000年まで率いた緒方貞子氏について、フィリッポ・グランディ国連難民高等弁務官は、「先見の明のあるリーダーでした。UNHCRの歴史における重要な局面において、激しく変動する世界情勢のうねりのなかで、紛争、民族浄化、ジェノサイドによって移動を強いられた何百万もの人々が生き延び生活再建を図るために、人道支援がどうあるべきかを再定義した人でもありました。生涯を通して国際貢献に献身し、私たちの“国連の友”であり続けました。」とコメントしました。

UN High Commissioner for Refugees Sadako Ogata visits Rwandan refugees in the Bukavu area of South Kivu, Democratic Republic of the Congo, in February 1995. © UNHCR/Panos Moumtzis

1927年9月16日、東京都港区に外交官・元フィンランド特命全権公使の中村豊一・恒子夫妻の長女として生まれます。父の転勤で幼少期をサンフランシスコ、中国・広東省、香港などで過ごしています。小学校5年生の時に聖心女子学院に転入、聖心女子大学文学部英文科を卒業。その後、父の勧めでジョージタウン大学およびカリフォルニア大学バークレー校の大学院で学び、政治学の博士号を取得しています。

国連は、1975年(昭和50年)を国際婦人年とすることを宣言。緒方貞子氏は女性国連公使の第1号となりました。

国際連合児童基金(UNICEF)執行理事会議長、国連人権委員会日本政府代表、第8代国連難民高等弁務官:1990(平成2)年-2000(平成12)年他を務めています。2001年(平成13年)からアフガニスタン支援政府特別代表、2003年(平成15年)から2013年 (平成25年)まで国際協力機構(JICA)理事長を務めています。

2011年11月、国際協力機構JICAの理事長であった緒方貞子(84歳)氏の日本記者クラブでの会見(12回目)です。

国際連合事務次長の中満 泉さんは、緒方さんが率いた国連難民高等弁務官事務所から国連でのキャリアをスタートさせ、緒方さんを「恩師」として慕ってきたということです。緒方さんの人柄については「難民という弱い人たちに常に寄り添っていく、そういう信念を貫かれた人だった。本当の意味でリーダーとはこういう人なんだろうと思っていた」と振り返りました。

また国連のグテーレス事務総長はみずからも難民高等弁務官を務め緒方さんと親交があったということで、「緒方さんの死を伝えると事務総長は悲しいことだと言っていました。日本に行くと、よく緒方さんに会いたいと話していました」と話していました。

生涯を通して国際貢献に献身した緒方貞子氏の訃報は、国連機関や世界中のメディアが報道し、その死を悼んでいます。

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